文章に表現する過程で、自分の考えを整理し、決断していくのです。
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2001年12月23日 世の中は不景気の波をかぶり、慌しくまた不安な年の瀬を迎えているようです。新しい年に向かうエネルギーが感じられません。変化が起こるのをじっと息をひそめて待っているようにも思えます。 私は常々、このような時期こそ落ち着いて自分から変化を求めなければならないと思い、またそのように行動しています。仕事の上でも、また普段の生活においても、あらゆる角度からこれまでの事を整理し、重要度の高い課題を見直して次の目標を決めていくのです。年末から年始にかけては絶好の機会です。「一年の計は元旦にあり」とは昔からの名言ですが、一年の計を決心する前に一年の反省をすることが大切です。 私は反省する時に、いつも自分の心の狭さに気付きます。なぜこんな事にこだわっていたのだろう?、どうしてこんなことを受け入れられなかったのだろう?、と言うような事がたくさんあったことを思い出します。そして、そのような反省の中から、自分の至らない部分をどのように修正し、乗り越えていけば良いのかを考えます。答えはなかなか見つかりません。そんな時は本を読んだり、あるいは人から何かを学ぼうとします。 何かを学ぼうという気持ちでいると、必ず新しい気付きがあります。ヒントがひらめくのです。的確に大きなヒントを見出しだすことが出来た人は、大きく変わって行けるのではないかと思います。それは志と言えるものかもしれません。広大な夢といえるのかもかもしれません。 2001年の年末にあたり、私なりの一句を作りました。来年も意義ある年でありますよう。 「学びから志が生まれる。志を持てば夢あり。夢があれば未来は開ける。」 |
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2001年11月27日 私が所属する東北東京合奏団は、毎月1回の練習の他に、毎年秋の季節の良い時期に合宿をしています。発足の時期は定かではなく20年程前に仲間が集まって室内楽や弦楽合奏を楽しむようになったのが始まりです。合宿をするようになって12〜13年になります。 今年も23日から25日までの連休を利用して、千葉県の岩井海岸で合宿をしました。普段はそれぞれ仕事に忙しくしている仲間が、合宿中はこの時ばかりはと音楽に夢中になり、時間を忘れて演奏します。明け方までワインを飲みながら室内楽に興じます。期間中ほとんど睡眠を取らない人もいます。とても楽しいのです。 合奏団発足時は私もまだ若いころで、メンバーもほぼ同年代の人ばかりでした。しかし、20年と言う時の流れの中で毎年1人2人と新しい人が参加するようになり、今では幅広い年代層で30名の団員で構成されるようになりました。最も若い人は26歳ですから私とは20才以上違います。 よく音楽は普遍だと言われますが、構成メンバーの人生観・表現力・協調性などの個性がそのまま演奏に反映します。それがアンサンブルの面白さであり、この上ない魅力なのです。誰がリーダーだとか、誰が上手かなどという次元を超えて、その場にいるメンバーの共通の目的、きれいな音、美しいハーモニー、感動の共有を追及するのです。メンバーの個性が共鳴し合い響き合った時の喜びは何ものにも代えられません。 今年も感動する場面が随所にあり、心に残る合宿になりました。人生の潤いを得たような気がします。音楽とすばらしい仲間に感謝しなければなりません。 |
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2001年10月31日 あれこれと雑用に紛れているうちに月末を迎えてしまいました。暗くて重苦しい話題ばかりを否応無く受け入れなければならないこの時期に、ちょっと面白い小話を披露します。と言っても私が通う中国語会話講座で、先生に教わった中国の笑い話。 1 お金が足りない (北京でのタクシードライバーと乗客の会話。) 運転手 「お客さん、着きましたよ。」 乗客 「あら、すっかり眠ってしまったわ。もう着いたのね。」 運転手 「三十元いただきます。」 乗客 「アイヨー。二十元しかないわ。」 「運転手さん、二十元のところまでバックしてもらえる?」 運転手 「・・・・・・?」 2 交通事故 (北京でお嬢さんが自動車の運転中) お嬢さん 「今日は天気も良くて最高のドライブ日和だわ。 音楽も聴きましょう。」 突然、老人が道路に飛び出してきた。老人に向かって お嬢さん 「アイヨー、危ないじゃないの。でも怪我は無いようね。 私はもう十五年も自動車を運転してるけど、こんなに危ない目に あったのは初めてよ。!!」 老人 「何を言ってるんだ。わしは道路を歩いてもう六十年になるが、 こんなに危ない目にあったのは初めてだよ。!!!」 お嬢さん 「・・・・・・?」 中国語で聞いたり、喋ったりするととても面白いですよ。 再見 |
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2001年9月29日 今月はニューヨークで起きたテロ事件に端を発して、世界中が大きく揺れた月でした。日本も否応なしにその渦に飲み込まれるようにして、直接的なことばかりでなくいろんなことに影響が及んだのではないかと思います。これから何が起こるのか、大変心配です。 先日、社団法人日本経営士会から招請を受けて、「ネットワーク社会における循環的連携の意味」と言う難しいテーマのパネルディスカッションに参加しました。私は仕事の関係から、天然資源にかかわる企業の立場で連携のあり方についてプレゼンテーションをしました。天然資源の循環的な連携を考える時、先進国日本は大量消費とその後始末のことがクローズアップされがちですが、地球全体を考えてどのように資源を大切に使っていけば良いのかと言う視点の方がよほど大切ではないかと言うような話をしました。日本だけが良くても、他国で自然破壊などが進行しているのでは何の意味もないのです。自分たちの命を縮めていることに気が付かなければなりません。 話題が2つになってしましたが、共通点は地球規模での勝ち負けあるいは善悪です。このように真っ二つに分けて考えること事態が問題だと思うのです。今、世の中はどうもこのような傾向を加速しているように感じます。アメリカとテロ組織が対峙して、テロ行為が悪いからアメリカに加担すると言うような考え方です。 財産を破壊され、多くの犠牲者を出した国が仕返しをしたいと言う気持ちは良く解ります。仇討ちの助けを求められて協力する日本の姿勢も目先の判断としては私も賛成です。しかし、「アメリカさん、こんなひどいことをされてお気の毒ですが、何か身に覚えはありませんか? それを皆で考えてみませんか? どうしたら皆が仲良くやっていけるのでしょうか?」と提案してみてはどうでしょうか。地球の環境問題についても、私たちは美しい地球に修復して次世代に繋ぐことに、もっともっと努力しなければならないと思います。 |
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2001年8月17日 今年の8月15日は例年になくいろいろな方面に波紋が広がった特別な日になりました。21世紀始めてと言うこともあり、また小泉首相に余りある期待感があったからでしょう。靖国神社問題は近隣諸国からのものも含めて、その視点の多さにあらためて驚き、考えさせられました。 私はテレビや新聞の報道からこれまで以上に多くの事実や意見を知りました。我が国ではそれぞれの環境・役割・立場の中で、様々な体験があり、様々な思いが生じ、それが長い時間の経過の中で現代に受け継がれています。また、多くの国々でも日本との関係を取り上げ、主に戦争体験をもとに様々な思いが引き継がれていることが解りました。こんなに様々な思いが生まれる原因の一つに、国という組織の捕え方、所属した組織と個人感との葛藤、従順、忠誠、反目というような根本的な発想の違いも大いに影響しているのではないかと思います。 私は戦争と言う破壊行為、とりわけ人の心を荒ませるような行為は絶対に2度とあってはいけないと思いますし、国内で美化されるようなことがあってはならないと思います。しかし、今日の議論はあまりにも部分的な主張が多く、それでいて小泉首相の行動にイエスかノーかで答えなければならない雰囲気、これは大きな方向をかえって見失うことにならないのか、そのことが今後議論されるべきではないでしょうか。それとも、私自身もマスメディアに左右されているのでしょうか。いずれにしても要素還元主義的な世界観をもつことは、自己主張に走り人の和を切ることに繋がっていくと思います。 このような短文の中で総括することに無理があるとは思います。大事なことは、過去を評論することではなく、また首相一人に頼らず、自分の出来ることから、平和で明るい未来を切り開く行動を起こすことだと思います。 |
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2001年7月28日 私が大変お世話になっている先生が、このたび経営学博士号を授与されました。そのお祝いの会が先々週の日曜日にあり、私も参加しました。パーティーに先立って記念講演会が開かれ、1時間30分ほどの講演に耳を傾けました。 20世紀の経営管理論を総括し、21世紀の新しい経営管理のあり方を提唱するもので、人間愛に溢れた壮大で緻密な理論構築にあらためて心を打たれました。先生は、20世紀が残した課題は「経営管理の行動規範の中心を経済価値におき、価値を生まない付随的な現象を考察の対象にしなかった行動がもたらした必然的結果」と位置づけて居られ、私は強く、深く共感しています。 私は経済活動に重きが置かれ、何でも経済価値に置き換えなければいけないような風潮、経済価値で説明できないものは置き去りにせざるを得ないムードに支配された今日の世界観を大変心配しています。 誰かが早くそのことに気づき、それを乗り越える考え方や行動規範を示していかなければなりません。そうでないと地球は汚れ、人の心は荒んで、取り返しのつかないことになってしまうのではないでしょうか。 経済価値よりも大切にしなければならない事はたくさんあると思います。私は東洋思想に基づく道徳観を上げたいと思っています。人が喜ぶ姿を見て自分が喜べるような心の持ち方、人に尽くすことで自分が磨けるというような行動規範、このような事を実践すると同時にこれからの人達に繋げていくことが大事なことではないかと思います。 現代の状況を受け入れて未来を創造するのは大変なことですが、間違っていたことは元に戻して新しい道に進めばいいのです。 |
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2001年6月10日 このところ「土壌汚染」と言う言葉を見たり聞いたりすることが多くなっています。地面が汚れて動物や植物が住めなくなるばかりか、有害物質が流れ出て川や海まで汚してしまうこともあるのです。これは、人が人の幸せのためと思ってやってきた仕業の負の忘れ物と言っても良いのでしょう。工場の跡地が有害物質で汚染されているとか、都会の建設現場から運び出された土に有害物質が含まれていてこの土で埋立てした地方の自然を汚してしまうとか、一方で良いことをやりながら、実は一方で困ったことを引き起こしている のです。 土を扱う仕事に携わっている私は、土壌の問題について大変関心を持ちながら仕事をし ています。先日、あるNPO(http://homepage1.nifty.com/npo-geopol/)主催 の研究会から招請を受けて、“土の健全管理を志す業者の夢”というテーマを与えられて 話をさせていただく機会を持ちました。誠心誠意の準備をしたつもりですが、はたして自 分はどこまでの理解をしているのだろうか、健全管理などということをどれだけ全体的に 把握できているのだろうか、そのような私が自分の思いをどのように人に伝えたらよいの か、当日まで大変悩みました。 ある部分を専門的に取り出して人に語りかけることは簡単です。しかし、例えばすばら しい新製品が出来ましたと言って、片方で工場の土壌を汚していると言うようなことでは いけません。自分の仕事にもそんな部分はないだろうか、いいことばかりに気を向けてい ないだろうか、様々に思いをめぐらして得た結論は「土を扱う人は命を育む土を愛する心 を持とう」でした。 日本は完成度の高い部品を上手に組み合わせることで高度成長を果たしました。しかし私は、社会で起こる諸問題の根源は健全性と不健全性とを分離する部分主義にあるのでは ないかと思っています。 * 1997年の研究会で講演した内容です。プログラムをご参照下さい。 |
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2001年5月6日 少なくとも毎月1回は心に残ったこと、感動したことなどを発信しようと決めてスターとしたホームページでしたが、最初からつまずいてしまいました。世間では毎日文章を書いている方がいらっしゃいますが、並々ならぬ決意と才能を併せ持って居られるのだと言うことがよくわかりました。 先月の下旬には総理大臣が替わり経済関係の閣僚にも新しい顔ぶれがそろいました。学者も入閣しましたが、私は大変良いことだと思っています。考え方を明確に表現して、そして行動する。21世紀はそのような時代でなければなりません。ものすごいスピードで変化する社会の成立要件ではないかと思います。さまざまな技術の不可逆的進歩に人の心がついていかなければならない時代なのです。まさに人間の能力が試される新世紀なのだと思います。 私には普段から気がかりなことがあります。現代の日本の、特に経済の分野が極端にアメリカを向いていることです。確かにアメリカが経済の中心なのかも知れませんが、なぜ太平洋を隔てた国とこれほどまでに経済競争をしなければならないのでしょうか。毎日ニューヨークの株式市場の変化が報道され、日本全体が何となくそれに引きずられていき、その割に中国や韓国との教科書問題は議論が少ない。お隣さんが話かけてきているのに向こう岸を気にしてばかりいる。これが地球村時代に於ける日本のあるべき姿なのでしょうか。 私はもっともっと隣国との関係をしっかりしたものにして、心が通い合うような関係を重視しなければならないと思います。 |
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2001年3月5日 子供の頃から、毎年正月にその年の目標を心の中に決めて積み重ねてきましたが、2001年1月1日に思うところあってマイプレゼンテーションを作ろう、それも1年単位のものではなく出来れば人生をじっと見通せる普遍的なものに仕立ててみよう、と意気込んで考えはじめました。次に、このプレゼンテーションを少なくとも今までお世話になってきた方に知ってもらってご意見をいただこう、そのためにホームページを作ろうと言うふうに進みました。最後に、ホームページを運営するのであればたとえ不定期でも発信のページを設けて情報発信を続けていこうと思い、このページを作りました。 このような一連の作業を通してよくわかったことは、自分も周囲も常に変化している中で普遍的なものを捜すことは本当に難しい、ひょっとしたら自分には一生かかっても解らないんじゃないか、ということです。 関係性を重視した健全な生き方、これが私の当面のテーマになりそうです。 |
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