2011年発信のページ

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2011年1月3日

 

 今年もよい天気の中、新しい年を迎えました。とは言え、私自身大晦日まで仕事がありましたし、家内は元旦から仕事に出かけました。二人の娘はすでに家を出て独立して生活しています。今年の正月はとうとう私ひとりきりとなりました。心は繋がっていると信じていますが、家族がばらばらになったようです。毎年恒例になっていた箱根駅伝の応援も今年はできませんでした。

 

 1月半ばに私が所属する東北東京合奏団の創立25周年演奏会があり、私はプログラム製作を担当しています。元旦、2日とその作業と練習に明け暮れ、気づけば今日は3日です。あっという間にお正月が終わりそうな気配です。「継続は力なり」の言葉がありますが、私たちの合奏団も本当にそのように思えます。活動の場があり、そこに気のおけない仲間が集まり、精神を自由にして音楽を楽しむことを続けて25年になりました。新しく迎える人たちがたくさんいますし、訳があって離れていった人たちもたくさんいます。そのようなことに思いをめぐらしながらプログラムを作りました。

 

 今年は「一燈を掲げて暗夜を行く。」の精神で一年を過ごすことに決めました。私の人生が決して暗いわけではありませんが、「暗夜を憂うること勿れ。ただ一燈を頼め。」と続くこの言葉が気に入りました。私が信じる一燈を頼りに単純明快に生きることを目指したいと思います。

 

2011年1月23日

 

先週末、東北東京合奏団の創立25周年を記念して記念演奏会と祝賀会がありました。大学を卒業して首都圏に就職した人たちで始めた弦楽合奏団が25年も続けることができました。歴史といってはやや大げさかもしれませんが、しかしやっている人たちのさまざまな努力があってこそ続けられたのだと思うと、感無量です。

 

合奏団を始めるきっかけを作ってくださった音楽家ご夫妻を仙台からお招きし、40名ほどの人が集まって金曜日の夜から日曜日の遅くまで、練習を続け演奏会を行い、そして祝賀会を開きました。演奏会に向けて練習にも熱が入ります。密度の濃い練習をしたあと、16日(日曜日)の午後、本当に親しい人たちだけに集まっていただき演奏会を行いました。

 

ヘンデルの合奏協奏曲作品6−1、エルガーの弦楽セレナード、そしてモーツァルトのセレナード第13番(アイネクライネナハトムジーク)を演奏しました。舞台に乗っている団員と客席が本当に一体となったような気がしました。言葉がなくてもお互いを思いあうことが出来ることを体感しました。会場の皆が音楽に集中して最高潮に達したあと、アンコールに「千の風になって」を演奏しました。25年間の思い出が胸にあふれ指揮者も団員も涙を流しました。

 

演奏会のあと、場所を移して祝賀会を開きました。そこでも多くの人たちが感極まりました。私も涙を流しました。これまで何度も感動したことがありますが、この日の感動はずっと深いものでした。スピーチや演奏を聞きながら、集まった人たちすべてが幸せを感じたのではないかと思います。合奏団がいつまでも続くことを祈り、帰路につきました。一生の思い出として記憶に留まると思います。

 

また、祝賀会で思いもしなかったセレモニーがありました。私たち夫婦の結婚30周年のお祝いをしてくれたのです。演奏会の準備のために皆が奔走している中で、私たちに心を砕いてくれていたことに思いを寄せました。本当にありがたいことだと思いました。また、申し訳ないとも思いました。記念に頂いた美しいフォトフレームを生涯大切にします。

 

2011年2月27日

 

 22日に次女から結婚届けを提出したとメールが送られて来ました。近いうちに籍を移すと聞いていましたし、それで良いと思っていましたが、ついに来るべき時が来たという感じです。親としても大きな節目を祝ってやりたいと思いました。

 

 同じ職場で出会った人との結婚です。末永く幸せでいてほしいと願わずにいられません。私も26歳の時に結婚したので娘の結婚が早いとは思いませんが、生まれた時のことがつい昨日のように感じます。本人任せで自由に育てました。いろいろな人からたくさんのことを学び、苦労もあったろうけれど自分を信じて育ったと思います。このまま前を向いて夫婦でよい人生を歩んでほしいと祈りました。

 

いささかの感傷と、心地よい安心感の中でこの数日を過ごしました。披露宴が待ち遠しいです。

 

2011年4月10日

 

3月11日に大地震が起きて、すでに1ヶ月が経ちました。今年は幸せなことが続いていたので、突然の悪夢のような出来事にいまだに心が落ち着きません。心のやり場がないといったほうが正しいかもしれません。

 

 仙台にはたくさんの仲間がいますし、家内は仙台生まれです。その人たちの親戚まで範囲を広げると、本当に多くの人たちの安否が確認できるまで何日もかかりました。電話やインターネットすら繋がらない状況では、気を揉むばかりです。テレビで見る光景は悲惨なものばかりですが、現実を遠ざけることはできません。仲間の無事を祈りながら時間の許す限り安否確認に明け暮れました。私自身も当日は渋谷で一夜を明かし、家に帰ったのは翌日の朝でした。我が家も箪笥が倒れたりグラスが割れたりと、若干の被害があったのですが、全体の被害から見ればほんのわずかのことです。

 

 そして原発の事故はいまだ収束の道が感じられません。ことの大きさに心配の種はつきませんが、私にはただ見守ることしかできません。心を落ち着けて皆の無事を祈りながら生活するだけです。

 

 自然の中で人間の力などはほんのわずかでしかないと思いました。これからは一層自然の摂理を大切にして生きなければなりません。それがこれからの人の道ではないでしょうか。

 

2011年4月29日

 

 今年も神奈川大学の文理融合講座「循環型社会論」でお話しをさせていただけることになり、27日水曜日の午後、平塚キャンパスに出かけました。

 

この講座は今年で4年目です。毎年少しずつバージョンアップして学生さんに少しでも役立てばという気持ちで出講しています。今年は大震災の直後ですから、循環型社会を見直さなければなりません。過去の反省と将来のライフスタイルを繋げなければならないと思います。ですから例年以上に力が入りました。

 

RイニシアティブやCO2排出量削減にさまざまな角度から取組まなければならないこと、そして「ひとりから できることから こころから」取組まなければならないことを90分間話しました。私のモットーでもあります。自分自身、反省することがたくさんありますが、それでも将来を担う学生さんに語りかけることは大切だと思います。限られた範囲ではありますが、精一杯の気力を使って語りかけました。

 

 受講した学生たちの真剣さは目を見てわかります。この若い人たちの将来が輝くよう祈り、そして少しでも役立つ行動をしなければならないとあらためて感じました。

 

2011年5月21日

 

 5月3日から5日にかけて仙台に行ってきました。仲間と会って、一緒に音楽をするためです。

 

新幹線で行きました。ただし、ダイヤは普段と違い那須塩原を過ぎたあたりから徐行運転です。これまでは東京駅から1時間40分で仙台に着いたのに、2時間10分かかりました。新白河あたりから先は、民家の屋根にブルーシートが目立ちました。仙台駅の手前では仮設住宅も見えました。

 

仙台で一番高いビルの最上階で仲間と合流しました。皆が元気でいることに安心しました。食事のあと窓から外を眺めました。かつては見ることができなかったすばらしい見晴らしです。東側を見渡すと左手には遠くに松島が見えました。右手に目を移すと仙台平野と太平洋が一望できました。普段なら新緑の美しい景色に感激するのでしょうが、海岸線がまるで絵の具を塗ったように茶色く見えました。津波の跡形です。恐ろしい光景に思わず息を飲んでしまいました。

 

 「木の家」での練習会でした。「木の家」は幸いにもおおきな被害がなく、中に入るといつもと同じ空間です。多くの仲間が集まり、お互いが無事でいることの喜びを噛みしめながら音楽を楽しみました。今回は大学オケの現役メンバーも大勢参加して、実に若々しい練習会でした。しかし、大学の練習場が震災のために使えないなど、今後のことが大変心配です。さまざまな苦難が待ち受けているでしょうが、それを乗り越えてくれることを信じたいと思います。

 

 天災は仕方のないことですが、もし人災があるとすれば私たちの世代にも大いに責任があります。私が出会った若い人たちに力を貸し、責任を果たさなければならないと思いました。

 

 

 

2011年7月3日

 

6月25日に東北大学交響楽団の定期演奏会があって、私も仕事の合間を縫って演奏に参加しました。今回の演奏会は大震災のあとで、その開催が危ぶまれたこともありました。しかし、逆境を乗り越え、みごとに開かれました。

 

長年使ってきた練習場が地震のあと、使用禁止なってしまいました。また、演奏会場も被災のため使用不可になりました。現役の学生達は自身の生活も不便な中で、会場探しに奔走したようです。私は決してあきらめないよう励ましました。その甲斐あってか、先週末、演奏会を開催することが出来たのです。本当によくがんばったと思います。

 

演奏の前に、演奏会場に集まった人たちと一緒に震災の犠牲者に黙祷を捧げました。普段の演奏会とは違う感情がこみ上げました。そのような中でベートーヴェンの交響曲第3番第2楽章を演奏しました。葬送行進曲とも呼ばれる楽章です。深い悲しみと哀悼の気持ちを織り込んだ演奏ができたと思います。オーケストラの誰もが信頼する常任指揮者の元でこのような形の演奏をしたことを生涯忘れることはないでしょう。

 

ここまでは、会場からの拍手のない時間でした。そして、追悼の演奏から新しい時空間に進み、ワグナーの「リエンツィ」を高らかに演奏しました。休憩のあとはシベリウスの代表作、交響曲第2番です。北欧の誇りを隅々に織り込んだすばらしい曲です。今回の演奏会にふさわしいプログラムだと思いました。そして、苦しみを乗り越えた学生達がそれらをみごとに表現していたことに深い感動を覚えました。そして、いまでも若い学生達の仲間に入れてもらえることを本当に有難いと思いました。

 

 

 

2011年8月28日

 

数年前から、私達夫婦に若い仲間2人に加わってもらって、ときどきカルテットを楽しんでいました。湘南弦楽四重奏団と名乗っています。大げさに過ぎるのですが、市内の公共施設を借りるために団体登録をする必要があるので、しかたなくこの名前にしました。覚えやすいネーミングがよいと思ったのです。

 

昨日と今日、我が家を宿泊施設にして合宿を開催しました。仲間の一人が中部地方に転勤した後、4人で集まる機会がありませんでした。以前は2ヶ月に1度程度のペースで練習していましたが、1日だけ集まることができなくなってしまったからです。そこで、1泊2日の合宿にして、暑い中を我が家に集まってもらいました。楽譜は若い頃から集めたのがありますし、譜面台もそろっています。楽器持参で集まれば、ちょっとした室内楽の合宿になります。

 

土曜日の夕方から始めて、日曜日の夕方までずっと練習しました。今回はモーツヴァルト、ハイドン、ベートーヴェンの弦楽四重奏を何曲もやりました。みなよく知っている曲ばかりですから、初見でもある程度は演奏できます。4人で表現をそろえたいところがあれば、その部分を重点的に練習します。久しぶりに集まったので、時間を惜しんでたくさんの曲を演奏しました。

 

時間の許す限り練習して分かれました。遠いところからやってきた仲間も帰りました。これからも機会を作って室内楽を続けたいと思います。楽しくて有意義な週末を過ごしました。

 

2011年9月25日

 

23日から東北東京合奏団の合宿がありました。河口湖畔は合奏団の合宿にはベストシーズンです。私は1990年に合宿が始まって以来、毎年ずっと参加してきました。しかし、今年は仕事の都合で参加することができませんでした。2日目が土曜日で、出勤日と重なってしまったためです。

 

合奏団の合宿は特別な意味があります。毎月集まって練習しているとはいえ、仕事や家庭の都合があってメンバー全員集まることがなかなかできません。そのような環境の中、泊りがけで行う合宿はいわば非日常の世界です。毎年待ち遠しい行事なのです。

 

今年は、ハイドンのシンフォニーをやろうと決めました。弦楽合奏用に編曲された楽譜が何曲かあるのです。オリジナルの曲とは少し違った曲想ですが、管楽器で演奏する主要な部分も弦楽器で演奏するので、各パートの表現力が問われます。今回は交響曲第104番を取り上げることにしました。この文章を書いているだけで、自分がさも参加して一緒に演奏しているかのように感じます。それほど愛着のある合奏団です。

 

合宿に参加できなかったのは残念ですが、今日は家内とふたりで勝沼ぶどう郷へ行きました。毎年恒例のワイナリー巡りとぶどう狩りのハイキングです。今年もワイナリーを3軒訪問し、試飲をさせてもらってお気に入りのワインを求めました。帰りはリュックサックがワインでいっぱいになりました。自分で摘んだぶどうを両手に持って家に帰りました。

 

合宿に参加できなかったのは残念でしたが、夫婦2人で楽しい1日を過ごしました。

 

2011年10月16日

 

 先週末、何年かぶりにQLTの合宿がありました。合宿ができない訳は幾つかあったのですが、今年は情況が整い開催できる運びになりました。長野県の温泉に行こうと準備が始まりましたが、宿がいっぱいということで三浦海岸で1泊2日の合宿になりました。以前もよく来た場所です。

 

 今回は比較的簡単なテキストが題材に選ばれました。しかし、7人集まれば7様に展開するのがQLTの特徴です。さまざまな角度から想像力を働かせて新しい価値観を創造していきます。ときどきジョークも混じり和気藹々と討論が進みました。もう20年も前から一緒に勉強してきた仲間ですから、一定の緊張感を持ちつつも楽しい時間です。

 

 晩御飯が終わると、円卓を囲んで討論会が始まります。以前は「朝まで討論会」と称して夜を徹して議論したものですが、さすがに寄る年波には勝てず、ミッドナイトミーティングとなりました。真夜中まで多様な題材に多様な議論をして、疲れ果てた人から順次就寝しました。私は午前2時まで頑張りました。

 

 いつの頃か、勉強しない人間は衰退することに気づき、それ以来新たに意識してQLTを続けてきました。今回も新らしい発見と気づきがありました。勉強を続けてきてよかったと思える合宿でした。

 

2011年11月19日

 

10月19日に健康診断があって先週末に結果が届きました。体重が少しずつ増えているのが分かっていたので、1ヶ月ほど前から運動をするよう心掛け、健康診断を受けました。

 

できるだけ運動したつもりでしたが、結果には現れませんでした。昨年よりまた少し体重が増え、それに伴って血中の脂質が増加していました。血圧もやや高い状態が続いています。血圧についてはいつも測定してくれる看護師さんと言い合いになります。

「この血圧計は高めに出るんじゃないですか?」

「いいえ、そんなことはありません。気をつけてくださいね!」

といった具合です。せっかく測ってくれているのに申し訳ないとは思いつつ、つい文句をつけてしまうのです。

 

自分にも身に覚えがあります。朝の目覚めがこのところやけに良いのです。真夜中でも一度目を覚ますともう二度と眠れません。また、どんなに遅く寝ても目覚めの時刻は同じです。そんな日は少し時間を得したと思い直してその日を過ごします。今年も病気をせずに良かったと思います。

 

そういえば、17年間病気で会社を休んだことがありません。再検査などで会社を抜けだしたことは何度かありましたが、熱を出して寝込むというようなことは一度もありませんでした。健康な体を頂いたことに感謝してこれからもがんばります。

 

 

(追伸)

その後、健康保険協会から郵便が届きました。「メタボリックシンドロームの保健指導を受けたほうが良いですよ」という内容の通知でした。

とほほ……。来年まで減量に頑張ります!!

 

 

2011年12月23日

 

12月3日から11日まで会社のリフレッッシュ休暇制度を利用してお休みをいただきました。この9日間をずっと仙台で過ごしました。第1の目的は東北大学交響楽団の定期演奏会に出演することです。学生と一緒に演奏に加わり、90年も続いてきたオーケストラの伝統を繋いで行きます。そんな気持ちより、若い人たちとの交流が何より楽しいのです。

 

今回の演奏会は私が尊敬する音楽家の指揮のもとで、最初に震災でなくなった方への追悼の音楽を演奏しました。バッハのアリアです。G線上のアリアといえば誰でも知っている有名な曲ですが、今回は追悼の祈りを込めて演奏しました。演奏前の黙祷ではホール全体が静寂に包まれました。

 

そのあとは気持ちを入れ替えてベルディの「運命の力」、モーツァルトの交響曲第35番「ハフナー」を演奏しました。今回はOBがたくさん集まったので私は客席で聞かせてもらいました。若い人たちのエネルギーと伝統の重みが融合したすばらしい演奏だと思いました。

 

そしてメインの曲はチャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」です。学生と一緒に夢中で演奏しました。気持ちが高揚する場面が何度もあり、こころから感激し音楽に没頭することができました。

 

第4楽章は深い嘆きの音楽が続いたあと、静かに終わります。今回は演奏の最後に奇跡のような場面が訪れました。いつまでも静寂が続いたのです。短い時間であったかもしれませんが、永遠に続くのではないかと思えた時間でした。私にはそれが希望の始まりに感じました。深い演奏内容に裏付けられたあとの静けさは、ホールにいた人のこころがひとつになった瞬間であったと思います。もう二度と経験できないかもしれないと思うほどの一瞬でした。静寂の美しさ、祈りの尊さをいつまでも忘れない、そんな気持ちを持つことができたような気がします。