|
|
2016年12月29日 25日のクリスマスの日、家内が勤めている老人ホームでミニコンサートをさせていただきました。 昨春にこちらから押しかけてやはりミニコンサートをさせていただいたのがきっかけとなり、今年は施設の方から私たちに声をかけてもらえました。この日のために、近所に住む仲間に協力してもらい「大船友の会合奏団」と名付けたグループを編成しました。チェロ弾きが近くにいないので、バイオリンとビオラだけで演奏できる楽譜を用意しました。クアルテットの楽譜を利用してアレンジしたり、歌曲を編曲したり、準備に2ヶ月をかけて本番に臨みました。 30分ほどの短いコンサートは聴いてくださる方たちと心がかよう空気に包まれ、喜んでいただけたようでした。バイオリンを続けてきてよかったと思える時間を過ごすことができました。家内も同じ気持ちだったと思います。 (演奏曲目) ワルツ 花は咲く パッフェルベルのカノン 赤鼻のトナカイ ホワイトクリスマス 星に願いを コンサートの後は、手伝ってくれた仲間と我が家でクリスマスパーティー。例年と違った思い出に残るクリスマスを過ごすことができました。 |
|
|
2016年11月22日 今年も会社で受けた健康診断の結果が戻ってきました。健康診断表を22年も記録しているので、今年はデータをグラフ化してみました。 毎年のように血圧が高いとお医者さんから指摘されますが、22年間の推移グラフを見ると、誤差の範囲で安定していることがわかりました。尿酸値はずっと気にかけてきましたが、同じように22年間の推移を見ると漸減傾向にあることがわかり安心しました。最小二乗法による近似直線を引くと絵に描いたような右肩下がりの直線を引くことができました。過去に要再検査といわれて、食生活に注意して尿酸値を下げる努力をしたことが微笑みを持って思い出されます。また、白血球数はこれまで気にしたことがなかったのですが、この値も漸減していることがわかりました。調べると、加齢により白血球数は減るのが普通だとわかり、この点もなるほどと腑に落ちました。 45歳から50歳に差し掛かる頃、肝機能や脂質にかなりの異常値のあったことを自覚し、当時健康管理に気を配った結果、その後は安定していることもわかりました。今回グラフ化して健康管理の推移を見返し、不安なく健康維持に努めれば良いことがわかり安心しました。ただ、γ-GTPがやや上昇気味なので、来年は休肝日を増やそうと思います。 |
|
2016年11月1日 10月30日に母方の祖父母の三十三回忌法要がありました。28日金曜日から2泊3日を大阪で過ごしました。夕方大阪駅で中学校時代の同窓生と47年ぶりに再会し、当時の思い出を語り合いお互いの近況を報告し合って懐かしい時間を過ごしました。 その後、今度は私の弟と高校時代からの友達との3人で真夜中まで酒を飲みながら語り合いました。特別な相談などなにもないのですが、いつものことながら話題が途切れることなく湧き出しました。酔いつぶれる手前でお開きとなりました。 29日は母親と友人の3人で高校時代の同窓生が創ったホールを見学に行き、次に退院したばかりの友人と会いました。元気そうな様子を見て少し安心しました。大きな病気を患うことなく62歳を迎えた私は、健康でいられることにあらためて感謝したい気持ちになりました。ご先祖様がいて両親がおり、親がいるから自分が元気でいられることに想いを寄せました。 30日日曜日は堺市の常通寺で祖父母の三十三回忌法要を営み、その後親戚と供養の席で祖父母を懐かしく偲びました。私がまだ小さい頃に祖母と写った写真をみて時間の流れを噛み締めました。言葉では表しきれないのですが、これからの時間を考えると、いつまでも元気で夢を追いかけたいと思いました。 |
|
|
2015年10月17日 今年も河口湖で東北東京合奏団の合宿がありました。例年9月に合宿するのですが、今年は10月8日から10日でした。大雨の中、自動車を走らせてお昼前に河口湖に着きました。すると私たちを迎えてくれたかのように雨が止み、青空が広がりました。 今年は総勢30名が集まりました。合宿所のホールでは手狭になったため、昨年に続き近くの大ホールを借りての練習でした。久しぶりにチャイコフスキーの弦楽セレナーデ全楽章を練習しました。指揮のできるメンバーが増えたので、指揮を交代しながらの練習でした。指揮者によって要求される音楽が違いますが、私たちの楽団は演奏会を意識した練習ではなく、美しい音楽を目指した練習ですから、様々な音楽の感じ方を受け入れながら音を出します。個人の音楽的力量を伸ばすと同時にアンサンブルの醍醐味を身に着けていきます。今年も2泊3日が充実した時間になりました。 夜の練習が終わったあとはいつものとおり大宴会でした。少しアルコールがまわったあとは室内楽を楽しみました。歳を重ねるごとに厚みの増す合宿を、寝る間を惜しんで楽しみました。参加した人たちは皆何かを掴んだようで、私にはそのことが大きな喜びです。 |
|
|
|
2016年9月3日(真田巡りその1) 母親と2泊3日のふたり旅をしました。母親とのふたり旅はこれまでに2度あったと記憶しています。 1度目は中学生1年生の正月で、家族4人の北陸旅行のはずが、風邪を引いてしまった弟と父親が家に残り、母親とのふたり旅になってしまいました。兼六園が雪のため閉園になっていたこと、永平寺を訪ねたことなどが思い出に残っています。2度目は不治の病に倒れた父親に着せる白装束に御朱印をいただくための、西国三十三ヶ所第一番札所「那智山青岸渡寺」への日帰り旅でした。その時、私は28歳でした。 今回の旅行は、母親が真田巡りをしたいと言っているとの弟からの知らせに、少しでも親孝行になればとの想いからでした。弟夫婦と母親が暮らす実家は真田親子が幽閉された九度山にほど近く、NHK大河ドラマに魅せられた母親と弟が紀州真田巡りをしたのがきっかけだったようです。信州上田は兄貴に頼みたいと弟から頼まれては、引き受けない道理はありません。 8月28日、鎌倉を発って北陸新幹線に乗り昼前に上田に着きました。レンタカーを借りた後はさっそく信州蕎麦の昼食を取りました。真田巡りは明日と決めていた私たちは、まず別所温泉に向かいました。別所温泉近くに「無言館」と名付けられた美術館があり、そこを訪ねるのも今回の旅行の目的でした。戦没画学生の遺作と遺品が展示された感慨深い美術館で、僕は昨年にも家内と訪れたのですが、母親のたっての願いをかなえようと、再び鑑賞しました。絵画が静かに語りかけてくるようにも思え、無言館と名付けた気持ちが伝わってくるようでした。 無言館の次は信濃デッサン館に立ち寄り、そのあとすぐそばの前山寺にお参りしました。昨年は秋も深まり色付いた美しい銀杏が見事でしたが、今回は緑深い季節で力強い魅力を感じました。スケッチをする時間がもったいないので今回はこの地を写真に留めるのみとなりました。 別所温泉では北向観音にお参りしました。善光寺と両参りするとご利益が高まるという言い伝えを信じ、旅の締めは長野善光寺と決めていました。北向観音の次に安楽寺、常楽寺にもお参りして旅の1日目を終えました。「花屋」旅館に4時ごろ到着、温泉と料理を楽しんで就寝しました。 |
|
|
2016年9月3日(真田巡りその2) 2日目は、真田巡りです。9時過ぎに宿を出発して上田に戻り、上田城跡、真田神社を回った後、真田ドラマ館を見学しました。母はここを一番の楽しみにしていたようです。九度山のドラマ館との違いを私に一生懸命説明してくれますが、僕はそちらを見ていないので相槌を打つばかり。1時間ほど展示を見て回った後、次は真田歴史館と真田本城跡に向かいました。歴史館は郷土館のような趣でした。真田本城跡は塩田平が見渡せる頂にあり、天気に恵まれた私たちはしばしその景色に見入りました。真田親子もこの景色を眺めて国を憂いたのだろうと思うと感慨深いものがありました。 昼ご飯を松代のうなぎと決めていた私たちが松代市内に入ったのは12時過ぎでした。思ったとおりの行程をたどれるのもカーナビのお陰です。すぐに観光協会に向かい鰻屋の場所と電話番号を教えてもらいました。さっそく電話をすると、鰻丼を作りながらまっているとの返事、仕込みに時間がかかるのかと想像しながらお店に向かいました。私たちがついた時は他に客が居らず、美味しい鰻丼をのんびりいただき大満足しました。 昼食後は街に戻り、真田宝物館を見学しました。真田親子のうち生き残った長男が治めた地方だということを初めて知りました。その真田信之が暮らした松代城趾も見学、松代藩と真田家の栄華を感じることができました。今日泊まる湯田中温泉「あぶらや燈千」に着いたのは午後4時を過ぎた頃でした。食事や温泉をゆっくり楽しみました。 |
|
|
2016年9月3日(真田巡りその3) 3日目は朝から雨、鎌倉を出発するまで午前中は小布施を散策しようと思っていたのですが、母親が戸隠神社に詣でたいとの希望で、急遽戸隠に向かうことにしました。宿の女将さんに見送りを受けた時、戸隠はこの天候では険しいとアドバイスを受けましたが、母親は絶対行くと心に決めておりビクともしません。1時間ほど車を走らせ10時前に中社に着きました。本降りの雨が止み、傘をささずにお参りできた私たちは、せっかくだから奥社にも詣でようと相談し、奥社入り口の駐車場で車を降りました。 片道2キロと管理人から教えてもらった私たちは奥社に向かって歩き始めました。途中薄日も差してきて快調に進みました。しかし、道半ばの山門をくぐった先は坂になり、やがて石段が待ち構えていました。いつ辿り着くのだろうと不安になった頃、奥社の屋根が視界に入りました。ますます厳しくなる石段をようやく登りつめ奥社にお参りすることができました。途中引き返すべきかと何度も思いましたが、母親の満足そうな顔を見て、諦めずに歩いてよかったと思いました。 再び降りだした雨の中、濡れた腰掛けに座って休むこともできず、すぐ帰路につきました。石段を用心深く下りきった頃はふたりともヘトヘトに疲れていましたが、清々しい気持ちで来た道を戻りました。往復2時間を歩き通した母の背中を見て、戸隠神社に連れて来てよかったと思いました。 長野に降りる途中、有名なお店で蕎麦を食べました。皇族の写真が飾られていて、戸隠神社の由来に思いを馳せました。食事の後は最終目的地の善光寺に向かいました。1時間ほどのドライブで善光寺の真裏に到着、せっかくだから表に回ったところで車を止め、善光寺坂を少し歩いて正面からお参りしました。善光寺と北向観音の両参りを果たせた私たちの旅が終わりました。 レンタカーを返して長野駅に着いたのは午後2時半頃でした。名古屋に向かう母親を3時発の特急しなのに乗せたところで別れました。私は北陸新幹線で鎌倉に帰りました。 短いようで長かった2泊3日のふたり旅は有意義だったと思います。母親の喜ぶ姿を見て、一緒に旅行してよかったと思いました。 |
|
2016年6月26日 昨日、「サロン de WINE」主催のシンポジウムがあり、私はパネラーとして登壇しました。 統一論題は「自力と他力の相互連鎖 〜きょう(共・協・響・競・強)振力の効用〜」です。哲学的で難解な論題ですが、二人の講演者と共にパネルディスカッションに参加しました。心の響振が求められている現代において、体幹を鍛える時代から、体幹と心幹を鍛える時代が到来していることを主張しました。また、辛抱の時代から、多様な心棒が必要な時代になっていることを話しました。さらに、西洋型の競争社会に対し、東洋型の協創社会を目指すべきであるとの主張はシンポジウム参加者80余名の皆さんに対する問いかけになったのではないかと思います。 シンポジウム終了後は楽しい懇親会です。ザ・パラドックスによる夏のメドレー、メロディーフェアなどは評判がよく、編曲した甲斐がありました。「平塚版ふるさと」を皆で歌って大いに盛り上がりました。 シンポジウムごとに発行しているWINE研メンバーによるエッセイ集に投稿した「新しい響振の時代へ」をお読みいただければ幸いです。 |
|
|
|
2016年6月11日 自動車免許の更新のため鎌倉警察署に行きました。ゴールド免許が即日交付されました。いつまで自動車を運転できるのかわかりませんが、この先5年間は短い距離なら運転できると思います。昨年、運転用のメガネを作りましたが、夜の運転はメガネをかけていても不安です。2時間以上の運転も体力的に難しくなってきました。 免許更新の後、バイオリンとビオラを持って仙台に向かいました。レッスンを受けるのと、楽器の調整をするためです。年齢とともに筋肉が衰えているせいで、運弓が若い時に比べて明らかに遅くなっていると感じていますし、左手のビブラートもついサボりがちになっています。そのための練習方法をご指導いただき、もう一度体を鍛え直し、演奏を見つめ直そうと思いました。 楽器の調整をしてもらい、弓を1本預かって帰宅しました。弓の反応がよく、音色も素晴らしいので、自分のものにしたいと思います。 |
|
|
2016年2月14日 2月7日(日)に川崎市民プラザで「東北東京合奏団創立30周年記念演奏会」を開催しました。5年ぶりの演奏会でした。母親もぜひ聴きたいと、この日に合わせて上京しました。二人の娘と家内の母親、妹も駆けつけてくれました。 この演奏会のために1年をかけて様々な準備をして臨みました。多くの団員が献身的に運営に携わってくれたおかげで、立派な演奏会を開くことができました。演奏には仙台からの仲間などを加え42名が参加しました。誰もが尊敬する指揮者のもと、 バッハ :ブランデンブルグ協奏曲第3番 グリーグ :ホルベルグ組曲 ヴィヴァルディ :合奏協奏曲作品3-1、3-10 ハイドン :交響曲第94番(驚愕)ザロモン版 の4曲を演奏しました。 バッハは予想以上に難しく、必ずしもよい演奏とはいえない内容に終わりました。普段のバッハへの取り組みの至らなさがそのまま結果に表れたのだと思います。しかし、他の3曲は普段の練習では味わえない壮大で劇的な演奏ができたと思います。客席は私たちの音楽を聴いていただきたいお客様ばかりで、温かい雰囲気がホール中に満たされたように思います。 昼間の演奏会を終えた後、夕方からは青山で祝賀会を催しました。2時間半のパーティーでは多くの方から心温まる挨拶をいただき、仙台から駆けつけてくれた東北大学交響楽団のメンバーによる5重奏の演奏も披露され、本当に華やかで素晴らしい祝賀会になりました。 名残惜しい気持ちを胸いっぱいにして、充実した幸せな1日を終えました。次の機会がいつ訪れるのか、楽しみでなりません。 |
|
|
2016年1月22日 今日は神奈川県異業種連携協議会(通称イグレン)の海老名支部(海老名サロン)で、「循環型社会に向かうための諸要因を考える」と題した講演をさせていただきました。 社会人になって、横浜のダイヤモンド工具メーカーに勤め始めて最初にお世話になった方から不思議なご縁でお誘いを受けました。海老名サロンに来ないかとの誘いに都合がつかず、お断りの返事の中に大学で循環型社会論の講義をさせてもらっている由の近況報告をしたのがきっかけでした。それなら講演してくれとの依ョにふたつ返事でお引き受けしたのです。 1時間の講演では、循環型社会に向かうためには一人ひとりが自律し、経済環境に加え、自然環境、社会環境と繋がり持続可能性を求めることの重要性を論点としました。東洋思想を心の拠り所として暮らしている日本人のよい点を見直し伸ばすことが循環型社会に向かうための要諦ではないかと思います。時間軸を長くとった確実な歩みが循環型社会への近道であると確信しています。 「吾唯足知」が即ち循環型社会への途なのだと思います。 |
|
2016年1月3日 あけましておめでとうございます。 新しい年を迎え皆様のご健勝とご多幸をお祈り申し上げます。 今年は日本晴れのなかで元旦を迎えました。昨年と同じく5時に起きて初日の出を見に行く家内と長女を車で七里ガ浜まで送りました。一人で帰った後は、我が家から見える初日の出を動画で撮影し、Facebookにアップしました。昨年と同じ7時12分に山崎から太陽が顔を出しました。来年もきっと7時12分に現れるでしょう。 3日は毎年恒例の箱根駅伝応援、今年は復路を応援しました。 急ぎ足の正月はすでに最終日、明日から社会活動が再開されます。 今年は「忍辱」の道を歩みたいと思います。どうかよろしくお願いします。 |
|