2025年発信のページ

1月5日

1月21日

月18日

3月4日

5月17

5月23日

6月18

7月31日

8月18

10月11

11月1日

11月2

12月

12月0日

 

 

 

 


 

 

2025年12月10日

循環型社会論

 

 後期の循環型社会論に出講しました。寒い日でしたが空気は澄んでいました。前期の講義内容をブラッシュアップして100名近い学生さんと一緒になって循環型社会を展望しました。

 

私が勤めた企業で経験したことを循環型社会白書に重ね合わせて授業を進めました。例年以上に学生さんの反応が見て取れました。メモを一生懸命取る学生さんもいて、私はメモを取り終えるのを見届けて次の内容に進めました。このような授業は初めての感覚で、私自身も刺激を受けました。

 

学生さんの将来に役立つことを祈って100分の授業を終えました。私自身も来年に繋がるようレベルアップしたいと思います。

 

 

 

 

 

 


 

 

2025年12月6日

ロジュマン文化展

 

 文化の日から1ヵ月遅れで文化展が開催されました。昨年まで主催していた自治会が解散したため、今年は文化展が開かれる予定がありませんでした。しかし有志で開催しようと急遽決まりました。

 

 私は例年どおり水彩画を2幅出展しました。テーマを「中央と端っこ」にして、春の千鳥ヶ淵と5月に訪れた納沙布岬をイーゼルに載せて展示しました。また、どちらの絵にも赤い塔が真ん中に描いているのも特徴でした。千鳥ヶ淵からは東京タワーが、納沙布岬からは貝殻島の灯台が見えたので、それを赤で描いたのです。

 

 小さな文化展でしたが、書や手作り品の展示もあって観覧された方には好評でした。来年も有志で開きたいと思います。

 

 

 

 

 


 

2025年11月2日

逗子桜山音楽祭

 

 文化の日にちなんで今年も逗子桜山で文化展と音楽祭が開催されました。今回もお声掛けいただき出演しました。昨年はスマホとスピーカーを利用したカラオケ伴奏に合わせてJ-POP一人で演奏しましたが、今年は妻と一緒にバイオリン二重奏をしました。

 

今回は世界の名曲シリーズというコンセプトで、J.S.バッハ(ドイツ)、エルガー(イギリス)、ドヴォルザーク(チェコ)、ラフマニノフ(ロシア)、ボッケリーニ(イタリア)の5曲と、中島みゆきと井上陽水のJ-POP2曲を演奏しました。DUOで演奏できるよう、エルガーとラフマニノフは新たに二重奏用楽譜を作って練習を重ね本番に臨みました。本番ではエルガーはうまく演奏できたものの、ラフマニノフは私が途中で落ちてしまいました。なんとか復帰して最後まで演奏できましたが、聴いてくださった方のなかには、おかしく聞こえていたようでした。

 

それでも皆様に楽しんで頂けて良かったと思います。来年ももし声をかけていただけるなら失敗しないように頑張ります。

 

 

 

 

 


 

2025年11月1日

孫娘の運動会

 

 孫娘の茉里ンは9月で2歳になりました。今日は保育園の運動会があり、私も朝早くから応援に行きました。昨年はようやく歩けるようになった運動会でしたが、今年はかけっこや障害物競走、それにリトミックに出場しました。

 

 保育士の先生が弾くピアノに合わせてお友達と一緒にダンスをしたり、パパと一緒に障害物をくぐり抜けたり、楽しそうで堂々と演技をする様子を見てとてもうれしい気持ちになりました。ママとお兄ちゃんは写真係を一生懸命やっていました。障害物競走のあと、仲のよい兄妹のツーショットを可愛く撮ることができました。

 

 成長著しい兄妹がますます元気で育ってくれるよう心から祈りました。

 

 


 


 

2025年10月11日〜13日

合奏団の合宿(久しぶりの河口湖へ)

 

 今年も合奏団の合宿に参加しました。今年は場所が河口湖に変わりました。河口湖の畔にほど近い、大きなホールのある合宿所でした。

 

 今年の課題曲はヤナーチェックの「牧歌」とモーツァルトの弦楽四重奏曲でした。弦楽四重奏曲はコントラバスも含めた合奏形式でした。ヤナーチェックを演奏するは初めてのことで、もちろん合奏団としても設立39年目にして初めての取り組みでした。牧歌は7曲のうち1曲目から5曲目まで練習しました。モラビア地方の音楽を表現できたかどうか私には分かりませんでしたが、これまで触れたことのない素朴で美しい和音とメロディーに魅力を感じました。モーツァルトはよく演奏する曲ですが、新しいメンバーが加わったこともありよい演奏ができたと思いました。

 

 夜の練習後は毎年恒例の宴会と室内楽の演奏でした。参加したメンバーが思い思いに曲を選んで楽しく楽器を弾く様子を見て、合宿に参加してよかったと思いました。5リットルのマグナムボトルのワインを開けたり、珍しい国のワインもあって、こちらも大いに楽しみました。

 

 2泊3日の合宿は今年も有意義な成果を挙げて終了しました。来年も参加できるよう頑張りたいと思います。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

2025年8月18日

孫たちと八景島シーパラダイスへ

 

 小学校2年生になった孫の夏休みに娘家族が里帰りしました。間もなく2歳を迎える茉里ンも連れて15日に八景島シーパラダイスへ行きました。暑い日でしたが孫たちは疲れを見せず遊園地や水族館を巡りました。

 

 ジェットコースターに乗りたいお兄ちゃんは母親と一緒に挑戦しました。身長が120p以上でないと乗れないジェットコースターですが、ぎりぎりで合格し無事に出発、3分余りのコースを楽しめたようでした。元気に成長する孫がたくましく見えました。

 

 妹は母親とバアバと一緒にメリーゴーランドに乗って楽しそうでした。遊具で楽しんだ後、お昼ご飯とかき氷を食べました。どんなことにも興味を示す孫たちの面倒を見てジイジは大忙し。

 

 午後は水族館でイルカショーを観たり、きれいな海の生き物を見て回って楽しみました。兄妹が仲良く遊んでいることに満足しました。これからの成長がますます楽しみです。

 

 


 


 

 

2025年7月31日

手術

 

 4月下旬に人間ドックを受けました。昨年に続き2回目です。その結果が5月下旬に届いて驚きました。潜血反応が出ているので精密検査を受けてくださいとのことでした。さっそく診断結果を聞くために病院に行きました。お医者さんから大腸を内視鏡で検査するよう薦められ、断ることもできずに6月19日に大腸内視鏡検査を受けることに決めました。胃の内視鏡検査は7年連続で受けていて、毎年「きれいですよ」と写真を見ながら説明を受けていたので、今回の大腸検査もそのような結果になるだろうとタカをくくっていました。

 

 検査当日、約束の時刻に病院を訪ねました。すぐに大腸内をきれいにするための準備が始まりました。渡された2リットルの水を1時間30分で飲み切るように指示があり、そのとおりに頑張りました。何度もトイレに行って、お腹の中がきれいになったことを確かめたあと、内視鏡検査室に案内されて大腸検査が始まりました。鎮静剤の効果ですぐに眠りにつきましたが、途中で目覚めました。その時、内視鏡で大腸内部を検査しているお医者さんから、大腸内にポリープがあるのでこれから切除手術を行いますと告げられました。

 

 カメラのモニターを一緒に見ながら、ポリープを2個切除したのを自分の目で確かめることができました。お医者さんに悪いものではありませんよねと恐る恐る聞いたところ、切除部分の組織検査を行った後に説明するとのことでした。全く痛みのない切除手術でしたが、検査結果を待つ間は一抹の不安を拭うことができませんでした。このようにして生まれて初めての手術が終わりました。

 

 7月上旬、検査結果を聞くために病院に行きました。難しい医学用語で書かれた検査報告書と写真を見ながら、悪いものではありませんでしたが来年も内視鏡検査をしましょうと薦められました。

 

 ひとまず安心してホッとできましたが、少しずつ老化が進んでいるのかとも感じました。いつまでも元気で過ごしたいものの、自分の思いどおりにならないこともあると気付かされました。元気なうちにしかできないことを精一杯頑張りたいと思います。

 

 

 

 

 


 

 

 

2025年6月18日

循環型社会論に出講

 

 今年度も「循環型社会論」が前期と後期の2回開講されることになり、本日前期の授業を行うため神奈川大学横浜キャンパスに行きました。例年どおり水曜日の4時限で、午後3時20分からの100分間授業でした。

 

 外は梅雨入りしたとは思えない暑さでしたが、教室はエアコンが効いており快適でした。今期の履修生は7学部から180名を超えました。1年生が多く、学生たちの目は輝いていました。授業の内容は例年どおりですが、6月6日に公表された環境白書から最新のデータを反映して授業を進めました。主題に不要な部分を削除して提言部分に多くの時間を割り当てられるよう工夫を凝らして、昨年より質の高い授業ができたように思います。学生に語りかけるためには自分自身が進化していなければならないことを例年以上に心掛けて準備をした結果だと感じました。

 

 授業の最後にレポートのテーマをスクリーンに映して説明し始めると、学生たちは一斉にスマホを取り出して写真を撮っていました。メモを取るより正確だと思いますし、メモする時間を短縮できます。新しい時代の感覚に感心しながら授業を終えました。1週間後のレポートを読むのを楽しみにして帰路につきました。後期もさらにブラッシュアップして授業に臨みたいと思います。

 

 


 


 

 

2025年5月23日〜26日

道東ひとり旅 〜根室へ〜

 

 2月に続いて北海道へひとり旅をしました。前回のひとり旅で培った経験をもとに、今回はすべてのプランニングを旅行社に頼らず、3泊4日の計画を一人で立てました。根室の納沙布岬を目指しました。

 

初日は羽田空港12時まえ出発の飛行機に乗って釧路空港に向かいました。午後2時ごろ定刻に釧路空港に降りました。予約時に選んだ非常口横の座席は普通のエコノミーシートよりシートピッチが広く設計されていて、悠々と足を延ばせたので快適でした。

釧路空港からJR北海道の釧路駅に向かいました。空港連絡バスは飛行機の到着に合わせて出発するので慌てることなく乗車できました。午後3時ごろ釧路駅に到着して、午後4時7分発の根室行き列車に乗りました。正式名は根室本線ですが、どこを見ても何を見ても、釧路から根室までの区間は「花咲線」という名称で統一されているようでした。根室までの途中にかつて花咲という駅があったとのことですが、その名残を感じつつ、花咲ガニを連想しながら2時間40分ほどの飲み鉄を楽しみました。途中、エゾシカがあちこちで現れて驚きました。シカが表れて急ブレーキをかけることがあるので注意するよう車内アナウンスがありました。

午後7時まえに日本最東端の駅根室に着いたとき、ちょうど夕暮れがやってきました。釧路よりさらにひんやり感じました。5月下旬ですが、駅の温度計は7℃を示していました。5分ほど歩いてホテルに着きました。ホテルから国後島とオホーツク海を眺め感激しました。

 

 2日目はレンタカーを借りて、旅行の目的地である納沙布岬を目指しました。日本百名城に数えられるオンネモトチャシ跡を見学しながら午前10時ごろ到着したとき、この岬が日本本土最東端と名付けられていることの意味が具体的に理解できた気がしました。岬のさらに東に北方四島と呼ばれる我が国の島々があると同時に、北海道が我が国の本土であることを表していることがよく解りました。

 北方館、望郷の家、北方領土資料館を次々に見学し、根室の歴史と人々の想いを感じました。曇り空で少し靄が出ていたものの、納沙布岬から歯舞群島の水晶島や貝殻島が視認できました。望遠鏡をのぞくと国後島のシルエットも見ることができました。岬と貝殻島の間に見えない境界線があることを意識したとき、悲しくて複雑な気持ちが込み上げてきました。実際に両国の監視船が相互に警戒している様子が見えて、いつかこの境界線がなくなることを祈らずにはいられませんでした。

 昼食のあとは根室10景を観光しながらドライブして、最後に風連湖、春国岱を訪れました。原生野鳥公園ネイチャーセンターの望遠鏡で優雅な2羽のタンチョウを観ることができて感激しました。

 

 3日目は花咲線の1番列車に乗って釧路に戻りました。あいにくの雨模様でしたが別寒辺牛湿原や厚岸湾を眺めながら鉄道の旅を楽しみました。11時ごろ釧路駅に到着、阿寒湖行きの路線バスを待つ間に、釧路市立博物館に向かいました。釧路地方の縄文文化や釧路アイヌの歴史の一端に触れ、民族の変遷の奥深さを感じました。ここではタンチョウの剥製が展示されていて、優雅な美しさを間近に観ることができました。

 午後2時50分、1日に3便しかない路線バスに乗って阿寒湖まで2時間のバス旅をしました。途中、エゾシカが道路に飛び出してきたり、道路の手前でバスが通り過ぎるのを待ったり、エゾシカとの遭遇に思わず興奮しました。

午後5時ごろ阿寒湖畔の温泉宿に着きました。この宿は屋上に混浴の露天風呂があることで有名らしく、半ズボンのような湯浴み着で浸かりました。目線の先は阿寒湖の水面とその奥の山々が広がり、大自然の中に身を置いているような感覚でした。

 

最終日は阿寒湖畔のアイヌコタンを観光したあと、阿寒湖アイヌシアター「イコロ」でアイヌ古式民族舞踊を鑑賞しました。素朴な美しい舞踊で自然を敬うアイヌの心を綴った物語が展開されていました。誰もが忘れてはならない大切な心だと思いました。

午後は遊覧船に乗って阿寒湖を巡り、マリモの生態と保護の歴史に触れることができる展示観察センターに立ち寄りました。直径30pを超える大きなマリモを目の前にして、自然の織り成す営みに深い感動を覚えました。

阿寒湖畔バスセンターから釧路空港に向かうこの日最後の路線バスに乗り、阿寒湖をあとにしました。阿寒湖から釧路方面に流れる渓流は奥入瀬のように美しい風景でした。午後7時30分発羽田空港行きの飛行機に乗って帰路につき、この旅を終えました。

 

 今度は海外ひとり旅にチャレンジしたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

2025年5月17日

合奏団のビッグパーティー

 

 10年ぶりに合奏団のビッグパーティーが銀座で開かれました。数年ごとにさまざまな形でパーティーをやってきましたが、コロナ禍で時間が経ってしまいました。今回は56人が参加し、そのうち子供さんが8名という合奏団始まって以来のユニークな構成でした。パーティーに始めて参加した人や、遠方から駆けつけてくれた人も何人かいて、誰もが楽しめるよう幹事さんたちはさまざまな工夫をして、本当に愉快なパーティーになりました。子供たちのはしゃぎ声も聞こえてきて賑やかでした。恒例の演奏タイムもあり、ゆったりと楽しむことができました。午後2時に始まったパーティーは2時間半があっという間に過ぎてお開きとなりました。

 2次会も大いに楽しんで帰路につきました。またこのような機会を持てることを祈りました。

 

 

 


 

2025年3月4日

香取神宮と鹿島神宮へ

 

 野外講座「香取神宮編」というタイトルに魅されて一人で参加し、香取駅から香取神宮まで歩きました。ガイドさんによる解説をイヤホンで聞きながら2時間ほどの行程でした。曇り空で寒い中、十数名の参加者と一緒に香取駅を10時30分ごろ出発しました。

 

 まず、利根川に面して建つ津宮河岸(一の鳥居)を観に行きました。江戸時代、香取神宮を参拝する人は船に乗ってここまで来たそうで、常夜燈と呼ばれる灯台も残っていました。講座参加者もここから香取神宮を目指しました。鳥居からゆるやかな上り坂を歩き、30分ほどで奥宮に着きました。香取神宮の主祭神は経津主大神(フツヌシノオオカミ)で、ガイドさんの説明を聞きながら本殿にお詣りしました。野外講座はここで解散しました。

 

 昼食をとった後、私は香取駅へ戻り、電車で鹿島神宮に向かいました。午後3時前、鹿島神宮駅に着きました。鹿島神宮は駅から歩いて10分ほどでした。本殿の武甕槌大神(タケミカヅチノオオカミ)をお詣りした後、奥宮に進みました。途中、武甕槌大神の石碑を発見、いつどなたが創ったのか分かりませんでしたが、神武天皇が創建したとされる神宮のあちこちに長い歴史を感じることができました。

 

 我が国のはじまりに大きな役割を果たした2柱の大神様をお詣りすることができ、また少し自分の時間軸と空間軸を伸ばせたような気がしました。公開講座というきっかけがなければ訪れることのない関東のはずれへの旅ができてよかったと思います。

 

 

 

 


 


2025年2月18日〜20日

函館ひとり旅

 

 5年ぶりにひとり旅をしました。一人で旅行する経験を積むのが大きな目的でした。しかし、それだけではつまらないので、冬の函館で北海道の歴史を学ぶことと、美しい景色をこの目で見ることを軸にスケジュールを立てました。

 

 とはいえ、きっかけは新聞広告のひとり旅プランのなかに偶然見つけた函館2泊3日パックです。ただ、パックとはいっても、初日の函館空港から2連泊するホテルまでの移動を貸し切りバスで乗り合う以外はすべて自由という、私にとってありがたいパック商品でした。申し込んだ時点で往復の飛行機と宿泊ホテルが決まったので、事前の準備といえば現地滞在時間をどのように過ごすか、どこを訪問するかのスケジュールを立てることだけでした。

 

 1日目は羽田空港で早い昼食を済ませ、12時40分発函館行きの飛行機に乗りました。函館空港から旅行会社が手配したバスでホテルまで移動しました。天気が良く雪の心配がないので、函館山から夜景を眺める絶好のチャンスだと思い、ホテルから歩いてロープウェイ乗り場に向かいました。函館山山頂に着いたのが午後5時ごろでした。この日の日没は5時14分、夜景がきれいに見える時刻は5時40分以降との情報を得たので、山頂を散策しながら暗くなるのを待ちました。展望台はインバウンドの若者であふれていたので、私は下りのロープウェイから夜景を楽しもうと、5時50分ごろに発車するゴンドラの先頭に乗れるよう時間調整しました。そして、思いどおりの時刻に思いどおりの場所を確保して夜景を眺めながら市街に降りました。雪が積もった市街地に街灯や車のランプが浮かび上がり、ほんとうに美しい景色でした。

 

 2日目もほぼ快晴でした。午後は天気が変わるかもしれないと思い、五稜郭タワーからの眺めを優先して行動しました。市電に乗って9時過ぎに五稜郭タワーに着きました。さっそくエレベーターに乗って展望台に上りました。真下に雪をかぶった五稜郭がきれいでした。さらに、南に目を移すと青空が広がる津軽海峡を隔てて下北半島や津軽半島を見渡すことができました。縄文時代の人たちは、本州と北海道から、お互いに向こうにも自分たちと同じ人達がいるかもしれないと思っていたのではないかと想像できて、今回の旅行の目的がひとつ果たせたと感激しました。

 次に五稜郭タワー近くの北洋史料館を訪れました。北洋漁業の歴史と、函館市が果たした役割がよくわかりました。そのあと、市電に乗って函館駅前に戻り、函館みらい館を見学しました。子供向けの新しい施設でしたが、世界遺産に登録された大船遺跡を紹介する動画を大きなスクリーンで見ることができました。

 さらに市電に乗って函館市立歴史史料館を訪問しました。ここでも縄文時代や擦文時代の文化に触れることができました。また、戊辰戦争の始終に関する資料もたくさん展示されていて、明治初期の動乱と結末を学ぶことができました。

 

その後も、市立函館博物館郷土資料館(旧金森洋物店)や文学館を巡りました。気が付けば午後3時を過ぎていました。遅い昼食をとった後、青函連絡船記念館(摩周丸)を訪問しました。話には聞いたことがあったものの、昭和29年の連絡船沈没事故について深く知ることができました。青函トンネルを熱望した人たちの心に少し触れたような気がしました。

 

3日目は、北方民族資料館を見学しました。アイヌ民族が豊かな北海道の自然と共生した歴史について学ぶことができました。また、民族の対立や統合について考え直すきっかけを与えてもらったような気持ちになりました。日本がどのように形成されて現在に至り、これから何処へ向かうのか、さらに掘り下げて考えたいと思いました。

残りの時間は元町周辺の名所を散策しました。旧函館区公会堂は美しく整備されていて見事でした。八幡坂、基坂など定番の観光を楽しんだあと、函館をあとにしました。天気に恵まれ、上昇する飛行機から函館山や市街を一望することができました。

 

今回のひとり旅の経験を生かして、次回はすべてのプランニングを自分で計画したひとり旅に挑戦したいと思います。

 

 

 

 

 


 

 

2025年1月21日

J.S.バッハ:無伴奏パルティータの夕べ

 

 コリヤ・ブラッハーの無伴奏パルティータと無伴奏ソナタを聴きに、妻と二人でトッパンホールに行きました。ソナタ1曲とパルティータ3曲で巨大な4楽章作品に構築するというコンセプトでした。無伴奏ヴァイオリンの演奏会はほんとうに久しぶりで、私たちは大きな期待をもって開演を待ちました。

 

 時刻になるとブラッハーが静かに舞台に現れ、すぐに演奏が始まりました。そのあとは最後までずっとバッハの世界に引き込まれました。音だけではなくホールの空気や時間、聴衆の心までもがバッハの寛容の中に溶け込む感覚でした。ヴァイオリンの音以外、聞えるのは聴衆の拍手だけで、崇高な時空間にわが身を置かせていただいた、そんな有難い思いを持ちました。

 

 J.S.バッハを語るほどの知識も経験もありませんが、私自身、ヴァイオリンを弾けるうちに無伴奏曲を練習して少しでもその世界を覗きたいと思います。

 


 

 


2025年1月5日

 

 あけましておめでとうございます。

新しい年を迎え皆様のご健勝とご多幸をお祈りいたします。

 

新年のご挨拶が遅れたのは、孫娘が病院で正月を迎え、2日の朝に退院できそうだと連絡を受けたのが元旦の午後だったからです。2日は妻と一緒に病院へ娘と孫を迎えに行き、娘の家に戻ったのがお昼ごろでした。9日間の入院生活で大変な思いをしたことでしょうが、家に帰るとすぐに自分のおもちゃで遊び始めました。ご飯をよく食べ、そんな孫娘の様子を見て私たち夫婦は一安心しました。

 

我が家に戻り、お雑煮を作ったのが3日の夜でした。やっと落ち着いたお正月を迎えることができました。4日から仕事が始まり、朝から夕方まで大忙し。こんな正月を過ごしたのは初めてですし、これっきりになってほしいと思います。

 

矩を超えず、70代を過ごしたいと思います。今年もどうかよろしくお願いいたします。