2006年 発信のページ

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2006年1月12日

今年の正月は7年前になくなった親友の供養をしようということになり、ひとりで大阪の実家に行きました。高校を卒業するまで育った場所です。大阪といっても世界遺産に登録された高野山の入口に近い金剛山のふもとで、まだのどかさが残る田舎です。2日の夜、6人の仲間が集まりました。

病気で亡くなったこの親友はその後ご両親も他界したため、供養をするにしても集まる場所がなくなってしまいました。墓前にお参りするのも日本古来の姿ですが、仲間が集まって昔話をして懐かしむのも供養だろうということになり、お酒を飲みながらの集いとなりました。フォークソングのグループを組んで一緒にラジオにも出たことのある仲間です。当時夢中で練習した歌も皆で歌いました。

昨年は家内の学生時代の友人が亡くなりましたし、私が就職して最初にお世話になった方が二人も他界されました。また、年賀状に昨年大病をしたなどとしたためてくる友人もいました。さらに、大学の同級生が現在闘病中の知らせも受けました。

「諸行無常」、この言葉をずしりと感じる年明けでした。自分の力ではどうすることもできないことがある、むしろそんなことばかりの中で時間が流れる、そのような中で自分も生かされているという思いです。いつまでも皆が元気でいることを祈りますが、諸行が無常であることも受け入れなければなりません。

私は神様も仏様も特に信じてはいませんが、心から何かに向かって祈る気持ちが少し分かったような気がします。不幸な出来事はもちろんですが、幸せをかみしめる時も祈る気持ちが人間にはあるのではないでしょうか。

新年にあたり、皆様にとって今年一年が良い年でありますようお祈りします。

 

2006年1月28日

正月明けから不穏なニュースが続いています。昨年の建設業界の事件とは本質が違うような気がしますが、テレビや新聞では次々に新しい話題を取り上げています。結果が分からないままに次に進むのはなんとも落ち着きません。

評論家と称する人達がいろいろな角度からひとつの出来事を解説してくれますが、私にはどれもこれも部分的に感じます。深く理解している人達が知恵を持ち寄って、大勢の人がある程度納得するような未来像を示せないものかと思います。そして改善の道が見えたら次の話題に進めばよいのではないでしょうか。

より多く、より速く行動することが人の能力のように思われがちな現代社会です。しかし、ひとつのことをきちんと完結させることもそれ以上に大切なことではないかと思います。喧嘩しにただ言い合っているだけのような討論などは何の役にも立ちません。心のかよう問題解決でなければ意味はありませんし、将来に繋がらないでしょう。

一人でなら誰でも気付いているこのような簡単なことが、大勢になると分からなくなってしまう、こんな社会の形を変える必要があるのかもしれません。”個と組織の統合”を切り口にしてもう一度原点を見つめ直したいと思います。私なりにまず自分の身の回りから行動するつもりです。

 

2006年3月5日

大した話ではありませんが、今年になって私はある試みを始めました。節酒の試みです。2ヶ月経ってもう公開してもよいと思い、月記に認める事にしました。

私はお酒が大好きで、毎日飲まないと気がすみませんでした。仕事でどんなに遅くなってもビール1本は必ず飲みました。徹夜で仕事をして翌日の夕方まで飲まなかったという経験はありますが、その他では健康診断の前日に断酒するぐらいでした。自他共に認める酒飲みです。ですから、これまで酒を飲めなくなったらおしまいだとまで思い込んでいました。

正月早々にふと思いつき、平日は酒を飲まないことに決めました。最初はまったく自信がありませんでした。三日坊主でおしまいでも仕方がないか、という程度の考えでスタートしたのですが、なんと3月に入るまでそのペースで来てしまいました。正直なところ自分でも驚いています。

寝つきが遅くなるでもなく、むしろ朝起きたときの爽快感は生まれて始めて経験する(ちょっと大げさ!?)感じです。人生観がまた少し変わりました。気付いて行動に移すことの大切さを酒に教えてもらいました。

もっと大事なところで自己変革を意識しなければならないのは重々承知しています。しかし、こんな些細なことでも私にとってはかなりの自己変革に思えます。こんな感じでいつまでも自分から変わって行けると人生が益々面白くなるのではないかと思っています。

「酒に感謝して乾杯」ではシャレにならないので、これからもしばらくこのペースで生活しようと思います。酒が嫌いになったわけではありませんし、体調は益々よくなっていますから、ご心配なく。

 

2006年4月1日

今年も桜の季節がやってきました。あまたある桜の木が同時に開花することが、今年はなぜか不思議に思いました。相談しているわけでもないのに桜前線が足並みをそろえて北上するのはどうしてでしょうか。

確かに地球環境は変化していると思いますし、異常気象による被害があちこちで起こります。今年の冬は結構寒かったのですが、桜の開花日は例年よりかなり早いです。こんなに環境が変化しているなかで桜は同じ時期にいっせいに花を咲かせました。

ひょっとしたら人間が人間のためにだけあれこれと考えた結果の、人間にしか分からない変化が起こっていると思い込んでいるのではないでしょうか。そして問題化して解決に取り組む、いかにも人間世界らしい活動だと思い込んでいるのではないでしょうか。人間以外の生き物は動物でも植物でも、多少の環境変化を感じていたとしても些細なことと受け止めて平然としているのかもしれません。

今日はエイプリルフールなのでおかしなことを考えました。明日からはまた現実をしっかりと見据えて、こつこつと頑張ることにします。

 

2006年5月2日

QLTの萩原さんが季刊の文集を作ると仲間に発表したのは正月を少し過ぎたころでした。皆忙しい中でどのように進んでいくのだろうかといくらか心配しながらこの数ヶ月を過ごしてきました。3月に入って私にも寄稿の依頼があり、実現に向かって動き始めたことを実感しました。

私はもし文集をもってQLTからの発信にするのなら、ぜひホームページかブログを立ち上げて双方向型の展開を図りたいと考えていました。自分のホームページを細々とでも続けてきたので、作業の要領は大体分かります。4月も下旬に入ったころ、ゲラが出来上がり、それから急いでホームページ作りをしました。そして5月1日に待望の第1号がみごと発刊されました。ホームページの出来栄えはともかく、QLTコミューンと命名された季刊紙をそのままPDFでご覧下さい。

「読む人の心に微かな衝撃を残す作品に仕上がった」とは編集長である萩原さんの弁ですが、私はここまでのご努力に深く敬意を表したいと思います。決して一日で出来るものではありません。想いをかたちにして行く作業は深い思い入れがなければできることではありません。

この季刊紙を読んだ方は、ぜひ感想をお寄せ下さい。

 

2006年5月28日

仙台市の秋保温泉に木の家があって、そこで「木の家コンサート」が開かれていることは以前にも紹介しました。ゴールデンウィーク中の「木の家コンサート」に私も出演することになり仙台に行ってきました。

木の家にウィーンフィルの元コンサートマスター、ウォルフガング・ポデュシカ先生を迎えて秋保ウィーン週間を開催してすでに10年経っています。しかし私はこの時のことを今でも思い出します。自分は未熟でも仲間と一緒にすばらしい経験ができることを全身全霊で受け止めました。身に余る音楽体験でした。

今回はこの時にレッスンを受けたドボルザークの弦楽セレナーデを演奏することになり、木の家合奏団の一員として出演することができました。当時と同じセカンドバイオリンパートの主席として演奏会に臨みました。各パートは5人から6人の小編成です。

私が学生時代からずっとお世話になり尊敬する音楽家の指揮で、当時のことも思い浮かべながら、しかし一期一会の精神で演奏しました。音楽は伝統的であると同時にいつでも創造的です。ゆったりした流れの中にも美しい音楽構成が感じられる演奏ができたと思います。キズもいっぱいありましたが、そんなことは大した問題ではありません。どのぐらいの密度で音楽が詰まっているかで気持ちが高ぶり感動することができるのです。

ドボルザークの他にも私が敬愛する仲間の見事な演奏があり、そのあと日本の民謡や懐かしい音楽なども演奏し、心に残るコンサートになりました。演奏する人も聴く人もこの場に居ることができてよかったと思ったのではないでしょうか。

 

2006年7月1日

6月は5月に続いて音楽三昧の週末を過ごしました。母校の交響楽団の定期演奏会に出演するために2回も仙台に行きました。2年ぶりの出演です。

2年もご無沙汰をすると現役学生はかなり入れ替わります。一方懐かしいOBも大勢揃います。学生とOBが一緒になって音楽を作り上げる伝統は、私が現役学生のころからずっと引き継がれています。私にとって以前と違うことは、学生が私の娘達と同じ年頃なので我が子のように感じるところです。もっとも、学生からは訳の分からない知らないおじさんに見えるのでしょうが。

今年入学した1年生は、私のことを"漁師のおじさん"とか"すし屋のおじさん"と呼んでいたと後で聞かされました。自分にはまったく心当たりがありません。髪の毛をちょっと短くし過ぎたからでしょうか。ともあれ楽しく充実した演奏会でした。

今回は私が学生の時からずっとお世話になっている指揮者の下で、ロッシーニ、グリーグ、ドボルザークの曲を演奏しました。お互いに十分に解りあっているからこそできる演奏をすることができました。ホール全体が感動で満ち溢れた、歴史に残る音楽会だったと思います。

 

2006年9月2日

8月12日から16日まで、日本ではお盆休みの次期にカムチャッカ半島へ仕事の関係で旅行しました。カムチャッカ半島のペトロパブロフスク・カムチャッキーという町を訪ねました。記録に残すためにも簡単に紹介します。

私は日本からこんなに近いところにロシアがあったことを始めて認識しました。そもそも今回旅行するまで人が住んでいることすら理解していませんでした。地図をよく見ると分かりますが、北海道から千島列島を北に辿ると、1500kmほど先にカムチャッカ半島があります。日本の1.25倍の広さで人口は約35万人だということです。北緯53度あたりにアバチャ湾があってほとんどの人はここに住んでいます。州都ペトロパブロフスク・カムチャッキー市(人口20万人)もこの湾に面しています。その他の場所は手付かずの大自然がそのまま残る半島です。富士山のような火山が40近くあります。アバチャ湾をぐるっと見渡しただけでも5つも火山が見えました。

ウラジオストック航空というロシア製のおんぼろ飛行機で往復しました。アバチャ湾にはロシア極東の軍事基地があり、今でも潜水艦が41隻も配備されているそうです。そのような関係から外国人が訪問できるようになったのは1991年からだそうです。対岸はアラスカですからロシアとしてはいろいろな意味で重要な地域なのです。

今回の旅行は、ペトロパブロフスク・カムチャッキー市役所で環境セミナーを開催することが目的でした。うらやましいほど自然がいっぱいの町でも、ごみが増えその処理に困っているとのことで、ごみ問題や有害物質から環境を守るにはどのようかことが課題なのか、自分達の目で確かめて提案しようという狙いでした。6人のチームで4時間もかけて市長や幹部にプレゼンテーションをしました。真剣に聞いてもらえました。少しでも役に立ったのであればうれしい限りです。

避暑地にしたいような涼しい町での、熱い思いの3日間でした。

アバチャ高原で見かけた高山植物の写真も御覧下さい。

*最後にカムチャッカ研究会に提出したレポート(旅行雑記)も添付しておきます。興味のある方は是非読んで下さい。

 

2006年10月14日

東北東京合奏団の合宿が、先週の三連休にありました。毎年とても楽しみにしている行事です。一昨年、昨年と仙台で合宿をしましたが、今年は3年ぶりに以前からずっとお世話になっている岩井海岸の大紺屋さんで開催しました。

前日の嵐が去って、最高の天気に恵まれて出発、フェリーを利用して房総半島に渡りました。車のトランクには楽器のほかに木箱入りの1ダースのワインが入っています。20人が集まって、2泊3日を演奏と宴会で埋め尽くそうというわけです。合宿所では日本酒やビールを準備してもらい、他の参加者達がワイン、シャンパン、酒をいっぱい持ち込みます。演奏に必要な楽譜もたくさん揃っています。

今年はエルガーの弦楽セレナーデビバルディの合奏協奏曲に取り組みました。合奏団が創立された初期の頃にも取り組んだことのある曲ですが、今年は新しいメンバーが5人も増えたので、あらためてやってみようということになりました。私たちの合奏団はいつでもだれでもリーダーシップを取れるようにやってきました。若い人が増えて年齢層が広がってもその精神は同じです。皆の総意で音楽が仕上がっていきます。参加者と同じ数だけある価値観が大きくひとつにまとまり、演奏に表れます。同じ場にいて音楽をすることができる幸せを感じる瞬間です。

仲間に恵まれて、今年も本当に楽しい合宿になりました。準備した酒もいつの間にかほとんど飲み尽くされました。朝まで室内楽を楽しんだ人もいます。ちょっと眠い目をこすりながら、房総半島を後にしたのでした。

 

2006年11月3日

今年も8月に健康診断を受けたのですが、ちょっと心配なことがあって発信を控えていました。高尿酸血症で”要再検査”という結果が出たのです。

数年前に減量に成功してから、健康にはいささか自信があったのです。食事もずいぶん簡素化してカロリーを取り過ぎないよう十分に気をつけていました。尿酸値が幾分高いことは自覚していましたが、高尿酸血症とは‥‥‥トホホ。

そこで、知り合いのお医者さんにアドバイスをしてもらって尿酸値を下げる工夫をしました。そして10月半ばに再検査を受けました。そして一昨日再検査の結果を聞きに行ったのです。

なんと、8月25日に8.1もあった尿酸値が10月18日には6.3まで下がりました。ちなみに尿酸の正常値は、成人男子で4・0〜7・0mgdl(平均5・5mgdl)ということですから、一気に正常範囲になりました。担当してくれた女医さんに「こんなこともあるのですか?」と質問したら、「測定の誤差ということもありますからねぇ〜。でもよかったですねぇ〜、下がって!この調子で頑張りましょうねっ!!」って、笑顔でつれない返事。

まっ、これで一件落着です。高尿酸血症でお悩みの方には私なりのアドバイスができると思います。いつでもご相談下さい。

 

2006年12月2日

先週の週末は、6月に続いて母校の交響楽団の定期演奏会に出演しました。比較的暖かい晩秋の仙台でベートーヴェンの田園交響曲(交響曲第6番)を演奏しました。

私が学生時代からずっとお世話になっている先輩の指揮のもとで、本当に久しぶりのベートーヴェンでした。ややすると速くて軽薄な演奏が多いこの時代にあって、ベートーヴェンの交響曲が持っているしっかりとした構築美を落ち着いて見事に表現できたのではないかと感じています。終楽章の最後にある美しいコラールのすばらしいハーモニーは今でも心の中に響いています。

私のようなOBが学生と一緒になって演奏するのは一言でいえば伝統の継承のためです。自分が経験してきたことを演奏や言葉で伝えることで伝統を繋ぎ、さらに次の時代にまで繋いでほしいと思うからです。現役学生の仲間達に期待を寄せながら、満員のホールで一生懸命にバイオリンを弾きました。

指揮者とオーケストラと聴衆の間に、音楽を核として心がひとつになる瞬間があったように感じられました。なんというすばらしい体験でしょう。お世話になった多くの人に感謝の気持ちを残して仙台をあとにしました。

 

2006年12月24日

12月9日に第23回木の家コンサートがありました。私たち夫婦は5月に続いて出演させてもらえることになり、またもや仙台に行きました。心待ちにしていたコンサートです。

8日の仕事を終えた後東京駅で家内と合流し、新幹線に乗って木の家に向かいました。午後8時37分に仙台に到着した私たちをわざわざ駅まで車で迎えに来てくれる人がいます。ありがたい限りです。木の家に9時15分頃について、すぐに練習が始まりました。夜中の1時ごろまでリハーサルをし、翌日のコンサートのためにできる限りの準備をしました。

私は大先輩とのバイオリンとビオラの四重奏、ビバルディとヘンデルの合奏協奏曲のほか4つの小曲を演奏しました。その他にもピアノのすばらしい演奏、心温まる室内楽などがあって、盛りだくさんの内容でした。本当にすてきなコンサートだったと思います。その後真夜中までパーティーは続きました。心の通う仲間との協働作業には時間や空間の制限は感じません。そして心の中には感動と思い出が残ります。

今年を振り返ると音楽に傾注した1年だったとあらためて感じました。QLTコミューンにも音楽を題材にしたエッセイを載せてもらいました。QLTでの学びが私の音楽に繋がっているといえます。自分の心の中でさまざまな経験が繋がり始めたような気がします。